TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

オペラって…
「歌手の力」
白井晃


 私の初めてのオペラ体験は、15年程前にパリのオペラ座・バスティーユで観た『魔笛』だった。正直なところ、オペラに興味があったわけではない。その演出が、演劇界の鬼才ロバート・ウィルソンだったからだ。ある演劇のプロジェクトのためにパリに滞在していた際、偶然その情報を知り、早くから並んで当日券で鑑賞した。彼がオペラで、どんな手腕を発揮するのかこの目で見てみたかった。
 そこにあったのは、蛍光灯を三角形に造形した雲であり、メタリックな衣裳に身を包んだ歌手の姿だった。その圧倒的なビジュアル世界に目を見張らされ、このような形でのオペラ上演があるのかと感嘆のため息をついた。以来、私の中でオペラ演出とは、古典の決まった楽曲と歌唱を、独自のビジュアル世界の中で再構成すること、という観念ができてしまった。
 そんな私が、初めてオペラの演出をさせて頂くことになったのが、2006年2月の神奈川県民ホール開館30周年企画『愛の白夜』だった。辻井喬脚本、一柳彗作曲のオリジナルオペラ。第二次世界大戦勃発直前のリトアニアの日本大使館で、ユダヤ人の通過ビザ発行のために尽力した外交官、杉原千畝氏の物語をオペラ化した作品だ。
 ところが、稽古が始まって私のオペラ演出への考えは一転した。オペラは歌手のものである、という当たり前のことに気づかされたのだ。もちろん台本があり、それを元に作曲家がイメージした楽曲がある。しかし、最後にそれを観客に伝えるのは歌手の力だ。本に書かれた意味と楽曲が意図した感情の方向を、しっかり理解し伝えることの重要性を稽古の中で感じていった。
 オペラ演出はビジュアル作りと言う意識は後回し、創作時間の大半を立ち稽古の繰り返しと、歌手の皆さんとのディスカッションに費やしていった。私にとって、一柳先生の楽曲は難解だったが、それを読み解き歌手の皆さんと作り上げて行く過程は大変刺激的で楽しいものだった。怖いもの知らずで随分失礼なことも言ったかもしれない。しかし、二期会のメンバーの方々をはじめ、歌手の皆さんが、そんな私を寛容に受け止めてくださった。
 技術面の発達によって、視覚効果はどんどん可能性を広げている。オペラにおいても、その方向に拍車がかかっていると思う。しかし、そんな中で作品の持つドラマツルギーをしっかり考え、観客に伝えることを忘れてはいけないと改めて感じている。それこそが、歌手の持つ力。そんなことを一緒に考えさせてもらう機会が、再びあることを切に願っている。
白井晃(しらい・あきら)
◎演出家・俳優。大阪府出身。早稲田大学卒。'83〜'02年まで遊機械/全自動シアターを主宰。独自の美学による演出で評価を受け、'01、'02年に読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。現在は演出家として作品を発表する一方、俳優としても舞台・映像で活躍中。'06年に『愛の白夜』(神奈川県民ホール)で初めてオペラを演出。'09年にはその再演が決まっている。