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の優れた歌唱力・演技力に、あらゆる言語の楽曲をすみずみまで深く理解し歌いこなす巧みさを併せ持つバリトン歌手、黒田博さん。今年は新国立劇場『黒船』『軍人たち』、兵庫県立芸術文化センター『メリーウィドウ』と大活躍の彼が、自身にとってロシア・オペラ作品初出演を『エフゲニー・オネーギン』で果たす。「コンサート形式では幾度か経験があるものの、原語上演でロシア作品のタイトルロールを歌うのは初めてなんです。オネーギン役に決まってからは、『ロシア語入門』の本も買いましたし、ただいま、発音をはじめ、一から勉強しています」 リラックスタイムには、ブラームスをはじめとしたドイツの作品のほか、チャイコフスキーやラフマニノフなどロシア人作曲家の交響曲や器楽協奏曲などを好んで聴くという。 「ロシアの作曲家の曲は美しく雄大なので聴いていて気分がいい。特にチャイコフスキーの交響曲第5番と第6番。『悲愴』の第3楽章のマーチや第4楽章の悲しみに満ちた旋律のように、彼が書くメロディーやリズムはいつまでも頭の中に残る“しつこさ”がある。そのしつこい感じが僕にとっては気持ちよかったりするんですよね」 巨匠ピーター・コンヴィチュニーが長期に来日し、演出を担当することも話題の『エフゲニー・オネーギン』。2006年春、黒田さんは東京二期会オペラによるモーツァルト作曲『皇帝ティトの慈悲』でいち早く、観客の立場から“コンヴィチュニー演出”を体感した。 「『ティト』を観て、退屈さはまったく感じなかった!(笑)。観客を飽きさせず、舞台に惹きつける演出の力は素晴らしい」と語る。 「音楽を中断する独特の手法を特徴とするコンヴィチュニーならではの演出が『エフゲニー・オネーギン』という作品に働くことで、観客にも歌手にも『オネーギン』に対する新鮮で強い印象が生まれてくるのではないか、と期待しているんです。個人的には、チャイコフスキーの作品では交響曲に比べれば“しつこさ”は控えめな『オネーギン』の音楽に、演出効果でいい意味の“しつこさ”が加わったら面白いなあとも思います」 典型的な二枚目役のエフゲニー・オネーギン。イメージする人物像を訊ねてみれば「そりゃあ、最低な男ですよ」。と、言った傍から「でもなんとなく僕に似ているところもあるんですよね。ナルシストなところとか、女性から熱烈アタックを受けたら引いちゃうところとか」と苦笑い。 こんなふうに茶目っ気たっぷりの黒田さんは、自身のリサイタルでは曲間の楽しいトークもファンに人気だそう。そして「年を経るにつれ、自分の音楽に対する欲求が高まってくるように思う」という。 最後に、コンヴィチュニーが演出する『エフゲニー・オネーギン』に出演する意気込みをうかがった。 「演出家が指す“将棋の駒”となって、彼が駒を指し進めるとおり動き、エフゲニー・オネーギンという男の人生を演じていきたいと考えています。9月の公演をお楽しみに!」 |
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甘いマスクと舞台映えする長身、ミラノ仕込みのベルカントの美声が“声楽界のバリトン王子”の名も真にふさわしい与那城
敬(よなしろ・けい)さん。「声楽家になっていなければ、ピアニストになっていたかも」と本人が語るとおり、名門・桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻を卒業した“ピアノエリート”のプロフィールを持つ。歌の道へ入ったきっかけは、大学1年の時に選択した副科声楽の授業。課題曲として初めて与えられたオペラアリアが縁だった。 「それまでも“声がいい”と褒められたりしていて、歌うこと自体は好きだったのですが、オペラとは何なのかまったくわからなくて。学習しようと図書館でまず『魔笛』のビデオをレンタルして、ハマってしまったのです。特に、自由奔放で自然体な“パパゲーノ”というキャラに惹かれましたね」 以後、立て続けにオペラの映像作品を借りては、歌とオペラの世界にのめり込んでいく。 「一人黙々と練習するピアノと違って、オペラは人と人との係わりがあって舞台を作り上げていくのが面白い。性格的にも向いているかもと感じて、大学2年の頃には歌を本格的に始めようと決めたんです」。ピアノ専攻卒業後に、桐朋学園大学研究科声楽専攻へ進んだ。 学生時代は「生の舞台にたくさん触れたい」と、アルバイトで稼いだお金で国内外数々のオペラ公演へ足繁く通った想い出があるそうだ。 「学生にとっては高いチケットを買って、舞台全体が見渡せる良い席に座るのが好きでした。もちろん、二期会愛好会にも入って、よく観にいっていましたよ!」 大学卒業後、二期会や新国立劇場のオペラ研修所などで研鑽を積み、イタリアへの留学も経験。国際声楽コンクールで上位の成績を修め、ベッリーニやドニゼッティなどイタリア・ベルカント作品から日本歌曲まで幅広いレパートリーを持つ才能豊かなバリトン歌手として頭角を現してゆく。2006年には宮本亜門演出『コジ・ファン・トゥッテ』のグリエルモ役で東京二期会オペラに颯爽とデビュー。高い評価を得て、いま再び『エフゲニー・オネーギン』で大役を射止めた。 新国立劇場オペラ研修所時代にも試演会でオネーギン役を経験しているという与那城さん。その時は終演後、周りから「オネーギンのニヒルな二枚目の性格と声のタイプが(与那城さんに)ぴったり合ってる」と評判がよかったそう。 「だから、二期会で演じるチャンスがこんなにも早く巡ってきてうれしいんです。僕にとってオネーギンは“運命の役”といえるかも」 舞台への意気込みも高まるなか、今回はどんなオネーギンを演じていこうと考えているのだろうか。 「演出にもよりますが、自分としては、前半と後半のオネーギンの変貌ぶりをどうドラマティックに演じるかが大きなポイント。お客様には見終わったあとで“あいつ、本当にいやな男だったんだな”と心にジワジワと染みていく感覚を味わっていただけたら本望です」 |