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オペラを楽しむ

「オペラの楽しみ」 室田尚子

第12回「なぜ? どうして? オペラあんな話こんな話 その2」
『カルメン』
 オペラの中の「どうしてもここが気になる!」ポイントをご紹介するシリーズの2回目は、ビゼーの『カルメン』です。前奏曲をはじめとしてアリアの名曲が次々に登場し、オペラ自体を観たことのない人でも、そのメロディの断片ぐらいは聴いたことのある作品ですし、またストーリー自体もたいへんわかりやすいもの。いったいこのオペラのどこに「気になるポイント」があるのでしょうか。

主人公は誰?




 このオペラの主人公は誰でしょう? いうまでもなくカルメンだろうって? もちろんそうなのですが、オペラを最後まで見終わった時、「誰に共感しているか」は実は人によって違いがあるのではないでしょうか。つまり、見終わった時、「カルメンがかわいそう」と思うか、それとも「ホセがかわいそう」と思うかによって、このオペラはまったく正反対の見方になってしまうのです。
 ストーリーをご存じない方のためにざっと紹介しておきましょう。舞台はスペイン、アンダルシア地方のセヴィーリャ。タバコ工場で働くジプシー女のカルメンは、情熱的な美女で男たちに大人気ですが、恋をしても半年ともたないという奔放な性格。このカルメンに誘惑され一目惚れしてしまうのが、田舎出で純情な性格の伍長ドン・ホセで、彼女のために軍隊を抜け出して密輸団に加わったりもしたのに、結局カルメンは二枚目の人気闘牛士エスカミーリョに心を移してしまいます。カルメンのことが忘れられないホセは、彼女に復縁を求めますが、カルメンは「私は自由に生き、自由に死ぬのよ!」と言い放ち、ホセはカルメンを殺してしまいます。
 この物語、先ほどの「どちらに視点をおくか」によって、大きく二通りに解釈することができることになります。
 カルメン視点→自立した自由奔放な女が、ストーカー男によって破滅させられる悲劇の物語
 ホセ視点→恋に純粋な男が、「ファム・ファタール(運命の女)」によって破滅させられる悲劇の物語
 ね、まったく正反対でしょう?これ、観る側が女性か男性かによっても違いそうです。え、私はどちらかって?もちろんカルメンなんですが、舞台によってはホセ派になっちゃう時があるのが困りものなんですよ、このオペラ。




恋は野の鳥、その末路は…?


ビゼー作曲『カルメン』
2003年2月21日・22日・23日・24日
東京文化会館大ホール
指揮:飯森範親 演出:実相寺昭雄
小山由美(カルメン) 福井敬(ホセ) 吉田伸昭(レメンダード) 松本進(ダンカイロ) 小林菜美(フラスキータ) 杉野麻美(メルセデス)
撮影:鍔山英次
写真提供:財団法人東京二期会
 カルメンとはいったいどういう女性なのでしょう。一昔前までは、カルメンは男を誘惑し堕落させる悪女=「ファム・ファタール」の典型、というイメージで描かれるのが普通でした。メリメの原作でも、男から男へと渡り歩く「性悪女」として描かれています。けれども、ビゼーのオペラで描かれるカルメンは、ただの「性悪女」としてはあまりにも魅力的。自分で仕事も持っているし、自分のやりたいことをしてやりたくないことはしない、という生き方がどうしていけないの?と、現代を生きる女性たちが思ったとしても当然でしょう。最近では、カルメンはもっと自立した大人の女性としてとらえられるようになってきています。
 一方でホセは、確かにハンサムだし純粋な心の持ち主ではあるかもしれませんが、心変わりした恋人に向かって、「あのときあんなに愛し合ったのにどうして」という一方的な思いをぶつけてくるという点で、これは恋愛というステージでは最悪の男性といえます。そもそもカルメンは、その出会いの時にこう言っているのです。「恋は野の鳥、飼いならすことなんてできない。もしも嫌だとなったら呼んだとて無駄なこと」
 つまり、ホセはカルメンがそういう女だと知っていて恋したのであり、後から「おまえのその性格を変えろ」という要求をすること自体が理不尽きわまりない。しかし、危険だとわかってはいても避けて通れないのもまた恋の常であり、要するにホセにとっては、カルメンに出会ってしまったこと自体が人生の不幸としかいいようがありません。
 相手が「殺されてもイヤなものはイヤ」というカルメンという女である以上、ホセにとっては彼女をあきらめる以外の道は残されていないのですが、それができないのがまたホセのホセたる所以。つまり、この二人の恋には、最後は「死」しか待っていなかった、というのが悲しい必然なのです。そう思うと、物語の最後で泣きながら愛する人を殺すホセの姿の方に思わず感情移入してしまうのも納得できます。またこの場面の音楽が素晴らしく(バックに闘牛士の歌が入ってきます)、「私だってそこでノン!って言うわ」とカルメン側に立ちつつも、ホセの気持ちもわからなくもない、という人も多いはず。さて、あなたは最後にどちらの立場で涙を流すでしょうか。