
「オペラの楽しみ」 室田尚子
第6回「このオペラが効く!その2」
秋の夜長にじっくり堪能したいオペラ
前回に引き続き「このオペラが効く!」と題してお送りしましょう。秋といえば、欧米ではオペラ・シーズン開幕の季節です。夜ごと着飾った人たちが劇場を訪れ、長い時間をかけてオペラを楽しみます。そこで今回は、欧米のオペラ・ファンにならうつもりで、自宅の居間でじっくりと腰を据えて楽しみたい3つの作品をご紹介します。
(1) ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』

『トリスタンとイゾルデ』3幕の劇 DVD
バイロイト祝祭管弦楽団及び祝祭合唱団
合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
指揮:ダニエル・バレンボイム
演出、装置、衣装:ジャン=ピエール・ポネル
芸術総監督:ヴォルフガング・ワーグナー
制作:1983年10月1日~9日 バイロイト祝祭劇場
ユニバーサル クラシックス&ジャズ
UCBG-1224/5 税込¥10,000(2枚組) |
ワーグナーのオペラは、基本的に「長い」です。何が「長い」のかというと、まずは全体の上演時間。『トリスタンとイゾルデ』は、もちろんプロダクションにもよりますが、4時間近くかかるのが普通です。次に「長い」のは、音楽のつくりです。「無限旋律」と呼ばれるワーグナー独特のメロディは、普通の歌のようにフレーズの切れ目がなく、うねうねと蛇のように続いていくのを特徴としています。また、これは「長い」というより「ゆったり」という表現の方が合っているかもしれませんが、ストーリーの展開があまりないので、登場人物たちはいつも同じところで悩んだり苦しんだりしていて、これが心理的時間の「長さ」に輪を掛けています。
と、こうして列挙すると、ワーグナーのオペラはとてもとっつきにくく、難しいように聞こえるかもしれませんが、実はそんなことはありません。ワーグナーのオペラには、一度観ただけで人を惹きつけるある種の「毒」のようなものがあり、そのハマり度はダントツです。『トリスタンとイゾルデ』は、中世を舞台にした、騎士トリスタンと彼の伯父の妃であるイゾルデとの許されざる愛の物語。全編を通じて、2人が許されない愛に身を焦がして悶々としている姿が描かれています。先ほども述べたように、これといって大きなストーリー展開はないのですが、この恋人たちの「心のうち」というのが切れ目のないメロディに乗って切々と歌いあげられ、これを聴いているうちに、いつしかこの濃い愛の世界にどっぷりとハマってしまう、という仕掛けになっています。まさに、秋の夜長、お酒のグラスでも傾けながらじっくりと楽しみたいオペラといえましょう。
(2) ドビュッシー:『ペレアスとメリザンド』

1988年6月21・22日 東京文化会館 二期会公演『ペレアスとメリザンド』メリザンド(佐藤しのぶ)撮影:鍔山英次 |
ワーグナーのオペラは、19世紀末のヨーロッパ、特にフランスで大旋風を巻き起こしました。多くの作曲家がワーグナーにヤラれてしまい、「ワグネリアン」という言葉も生み出されたのですが、その一人に若い頃のドビュッシーがいました。ドビュッシーはいったんワーグナーにハマったものの、次第にこれに反発を覚えるようになっていって、ついに「ワーグナーとはまったく違う新しいオペラをつくる!」と意気込んで生みだしたのが、『ペレアスとメリザンド』です。
けれどもこの作品、『トリスタンとイゾルデ』にすごーくよく似ています。主人公メリザンドは、ペレアスの異母兄ゴローの花嫁。つまりこれも、許されない愛に身を焦がす恋人たちの物語なのです。最後に2人とも死んでしまうという結末もそっくり。ただし、音楽はワーグナーとはまったく趣が違います。ワーグナーの恋人たちは無限旋律に乗せて自分たちの思いをひたすら歌い続けていましたが、ドビュッシーの恋人たちはどちらかというとあまり心の内を語らない。メロディもはっきりしていなくて、むしろ淡い風景画のような色合いの音の「響き」を楽しむ、といった作品になっています。 |
1988年6月21・22日 東京文化会館 二期会公演『ペレアスとメリザンド』メリザンド(佐藤しのぶ) 撮影:鍔山英次 |
(3) リヒャルト・シュトラウス:『サロメ』

2000年4月11・13・14・16・17日 新国立劇場オペラ劇場 二期会・新国立劇場共催『サロメ』
撮影:三枝近志 提供:新国立劇場 |
サロメはものすごく恐ろしい少女です。まだ十代で、世の中のことを何も知らない無垢なところと、それゆえに何でも自分の思い通りにならないと気が済まない激しさとを持ち合わせています。ユダヤの王の娘であるサロメは、井戸に繋がれた預言者ヨカナーンの姿を見て、その唇に口づけをしたいと願いますが、ヨカナーンはこれを退けます。怒ったサロメは、自分に邪な思いを抱いている義父ヘロデ王の「踊りをみせてくれれば望みのものを与える」という申し出に応じ、一枚一枚着物を脱いでいく「七つのヴェールの踊り」を披露。その褒美として、銀のお盆に載せたヨカナーンの首を手に入れ、ついにその唇に口づけをするのです。
このオペラの見せ場はもちろん、サロメが踊る「七つのヴェールの踊り」ですが、妖しく激しく官能的なこの音楽には、少女というのは「聖なるもの」であると同時に「悪の象徴」でもある、という世紀末特有のイメージを読みとることができます。いや、「美少女」や「萌え」が大ブームの現代日本のアニメやマンガにも、もしかしたら「サロメ的」なものがあるのかも、などと思いながらこのオペラを観るのも楽しいかもしれません。
→オペラの楽しみ第7回「このオペラが効く!その3」 →オペラを楽しむTOP