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オペラを楽しむ

「オペラの楽しみ」 室田尚子

第5回「このオペラが効く!その1」
〜ジメジメした気分を吹き飛ばすリフレッシュ・オペラ〜

 

前回までは、オペラを「観に行く」という行動に合わせてお話をしてきました「オペラの楽しみ」ですが、今回からは、実際の「作品」のガイドをいたしましょう。とはいっても、ありきたりの作品解説なら既に本やネットに情報はあふれていますし、教科書的なお勉強はちょっと、という方も多いのではないでしょうか。そこで、「オペラの楽しみ」では、「気分に合わせたオススメ作品」をご紹介していこうと思います。
その1は、梅雨時のジメジメした気分を吹き飛ばす「リフレッシュ・オペラ」です。

 

(1) ビゼー:『カルメン』

2003年2月東京二期会オペラ劇場『カルメン』会場:東京文化会館大ホール 撮影:鍔山英次
 のっけから超有名作品の登場です。セビリャの煙草工場に勤めるカルメンは、男性にモテまくりの美女。彼女に恋をした純粋な伍長ドン・ホセと一時は恋仲になるものの、結局ホセを捨ててイケメン闘牛士エスカミリオに乗り換えたために、ホセに殺されてしまう、という悲劇のストーリーです。男を次々に替えていく奔放なカルメンは、「悪女」の代名詞。「美しい薔薇にはトゲがある」という言い古された文句も思い浮かびますが、ではこのオペラのどこが「リフレッシュ」なのか。ドロドロした三角関係(いや、ホセの婚約者ミカエラも登場するので四角関係か)なんて、かえってジメジメしそうじゃないか、と思われるかもしれませんが、逆にそこに魅力があると思います。
 それには「昼メロ」を思い出していただくといいかもしれません。下らないと思いつつもついつい観てしまう「昼メロ」には、片想いや不倫といった「障害のある恋愛」がつきもの(大流行した韓流ドラマも同じですね)。自分ではできないけれど、いや、できないからこそ、恋に翻弄される主人公の姿(『カルメン』ではさしずめホセがその役割です)に、人は一種のカタルシスを覚えるのではないでしょうか。
 しかし、『カルメン』の魅力は、こうした「昼メロ的ストーリー」にだけあるのではありません。何よりも、ビゼーが書いた音楽が素晴らしい。覚えやすくて魅力的なメロディは、聴いているうちに自然に気分が高揚してきます。カルメンになって悪女気分を味わうもよし、ホセに同化して一緒に悩むもよし、どちらにしても、幕が下りた後にはジメジメ気分も吹き飛んでいることでしょう。



(2) モーツァルト:『ドン・ジョヴァンニ』

2004年7月東京二期会オペラ劇場『ドン・ジョヴァンニ』会場:東京文化会館大ホール 撮影:鍔山英次
 カルメンが「悪女」の典型なら、ドン・ジョヴァンニは「悪い男」の代表選手です。人妻だろうが婚約者がいようが、年が何歳だろうがどんな身分だろうが、女性とみれば口説き落とすことに命をかけているような人物。実際、オペラの中では、夜中に忍び込んだドンナ・アンナの父である騎士長と決闘になって彼を殺してしまい、そのために最後は石像になった騎士長に地獄へ引きずり込まれてしまう、という結末を迎えます。
 さて、女性からみるとドン・ジョヴァンニという男性はどういう人にみえるのでしょうか。彼に言い寄られた村娘ツェルリーナの反応を見ていると、どうやらドン・ジョヴァンニがかなり魅力的な男性であることは確かなよう。道徳も、真実の愛も蹴飛ばして自分の思う通りに生きるところは、なかなか根性があるとも言えそうです。そういう目線で観てみるとこのオペラは、「悪い男に最後は天罰が下る物語」というよりも、「イイ男の華麗な恋の遍歴物語」とも読めるわけで、そう思うとなかなか爽快な作品であるように思えてこないでしょうか。
同公演 撮影:鍔山英次




(3) ヴァイル:『三文オペラ』

1987年11月東京二期会オペラ劇場『三文オペラ』
会場:日生劇場 撮影:鍔山英次
 最後にご紹介するのは、ナチス台頭前のドイツ、ベルリンで大人気を博した『三文オペラ』。泥棒に乞食、娼婦といった社会の底辺で生きる人々が登場するこの作品の見どころは、徹底的に既存のオペラをパロディにしているところ。音楽はクラシックというよりも、ジャズやポップスに近い分かりやすいものですし、悪事がばれて最後に絞首刑になる主人公メッキースが、女王陛下の恩赦で命を救われる結末などは、明らかに従来のオペラのストーリーを皮肉ったものです。
 私がこのオペラを観ていて爽快感を覚えるのは、「人は正しいばかりでは生きていけない」「お腹が減っていたら善行なんてできやしない」という、ある種の人生の真実をズバリと言ってのけているところです。国民の税金を湯水のように使いながら、あり得ないほどの低家賃で都心の一等地に居を構えるような国会議員のセンセイ方や、リストラもなければ定年退職後の天下り先も確保されているお役人の皆様方には、是非このオペラを観て「庶民のホンネ」というものを考えていただきたいものです。

 

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