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オペラを楽しむ

実相寺新版『魔笛』
童話ファンタジーの世界

文・石戸谷結子



『魔笛』は摩訶不思議な作品である。捉えどころがない、といっていいかも知れない。観る人の年齢や考え方によって、どんな解釈も可能な、まるで“万華鏡”のようなオペラである。単純なように見えて、じつは謎に満ち満ちている。なので、これまで名だたる幾多の演出家がさまざまな解釈を展開してきた。
たとえばイングマール・ベルイマンのように、純真な子供たちが見た童話的ファンタジーとして、教訓劇風に捉えた演出や、近未来の冒険ドラマとして捉えたSFファンタジー風の舞台、ちょっと哲学的にフリーメイソン思想の教義を前面に出した演出や哲学も童話も吹っ飛ばして、楽しいサーカス小屋でのショーとして演出した舞台、あるいは鬼才ペーター・コンヴィチュニーのように、ファンタジー色を一掃して、現代に生きる人間の生き方の根源にまで踏み込んだ「ええっ!」と驚く大胆な解釈などなど。
そんなふうに『魔笛』は、聴けば聴くほど観れば観るほど奥が深い、まさに“魔法の玉手箱”のような作品なのである。
シカネーダーの台本は、ドイツ語の台詞が入ったドイツに古くから伝わる民衆劇に沿ったもの。大人も子供も楽しめる娯楽劇を目指していた。大蛇が出現し、童子たちが空を飛ぶスペクタクルな仕掛けや奇想天外な物語によるジングシュピールは、まさにモーツァルトの独壇場。庭の隅に作られた小さな小屋に籠もり、モーツァルトはそれまで得た叡知の全てを注ぎ込んで曲を完成させた。
まるで天上から降り注ぐ光のように透明な音楽の数々。パパゲーノの自然児のようなキャラクターはモーツァルト自身のようだし、「パッパッパ」の二重唱や「愛を感じる人たちは…」の崇高な二重唱は、澄みきって曇りのないモーツァルトの心境を映しているかのよう。彼の最高傑作といわれる所以である。
そんな『魔笛』だけに、舞台にかけるのは難しい。キャラクターに合った歌手たちを揃えるのも一苦労だが、一番難しいのは演出だ。先日、惜しくも急逝された実相寺昭雄さんは、「『魔笛』の演出が1回できれば死んでもいいと思っていた」と発言されている。それが芸大奏楽堂のオープニング時と二期会では二度、生涯に三度も愛する『魔笛』を手がけられたのだから、ご本人は本望だったのではないだろうか。
05年にプレミエをむかえた実相寺新版『魔笛』は、2000年新演出のバージョンとコンセプトは大筋では変わらない。舞台にはアルミ色の鉄骨で大階段が組まれ(この鉄骨やぐらは実相寺さんのお得意である)、物語はこの上で進行する。時代は特定せず、フリーメイソンやら母性対父性といった奥義にも触れずにさらりと流し、童話ファンタジーにこだわった。なかに必ず怪獣を登場させるのが「ウルトラマン」監督の観客サービスであった。

2005年東京二期会
オペラ劇場公演
(演出:実相寺昭雄)より
タミーノ(望月哲也)
撮影:三好英輔
同公演より
パパゲーノ(萩原潤)と
パパゲーナ(若槻量子)
撮影:三好英輔
同公演より
第一幕
撮影:鍔山英次

05年新版の特徴は、この童話ファンタジーにキャラクターが加わって、大人気になった。漫画家の加藤礼次朗さんが描いたアニメ漫画をもとに、その登場人物が動き出す実写版アニメといったらいいだろうか。タミーノ王子は、日の丸のついたマフラーを首に巻いた凛々しい若武者で、パミーナはフランス人形のようなお姫様。3人の侍女はテレビ・ゲームに登場するようなド派手セクシーなお姉様。パパゲーノは熊手を持った宇宙鳥ニンゲン(?)。とにかくあっと驚くカラフルで楽しいキャラクターが、舞台に大集合したのだ。もちろん、カイジュウも特別ゲストで出演し、花を添えた。レイザー光線が飛び交い、火花が散り、3人の童子は空を飛ぶ大スペクタクルで、コンセプトとしては初演時の芝居小屋のような楽しい舞台を目指したのではないだろうか。
もう一つの実相寺新版『魔笛』の特徴は、「時代」を取り入れたことにある。舞台に登場するキャラクターたちは、いわゆる“ゲーム・オタク”や“コスプレ・マニア”にはたまらない魅力だろう。いまの流行最先端を舞台に取り込んだのである。漫画世代の若いお父さんとその子供たちにぴったりフィットした親子連れで楽しめる『魔笛』。そしてさらに実相寺さんは大胆な試みを敢行した。アリア部分はドイツ語そのままで、台詞部分のみ日本語。それにアドリブをふんだんに加えて上演したのだ(訳詩もすべてご本人)。それはまさに、モーツァルトと相棒のシカネーダーが初演時に目指した、大人から子供までみんなが楽しめる音楽ファンタジーの精神そのままを具現化した、興味深い舞台だったのである。


石戸谷結子(いしとや・ゆうこ)
青森県生まれ。早稲田大学卒業。音楽之友社を経て、1985年フリーの音楽ジャーナリストに。音楽の友、モストリー・クラシック、グランド・オペラ、東京新聞などに、執筆。主な著書に、「マエストロに乾杯」「オペラは見てのお楽しみ」「知ってるようで知らない、面白オペラ事典」「石戸谷結子のおしゃべりオペラ」など。

 

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