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オペラを楽しむ

カントク、安らかに

文・三林輝夫



「今、玄関に着いた」「間に合った!」
病院の廊下、病室に集ったみんなに安堵ともとれる声が伝わった。
関西で芝居の本番を終えた夫人、原知佐子さんが最終の新幹線で駆けつけたのだった。それまで医師達による必死の心臓マッサージで持ちこたえておられた実相寺昭雄さんは、数分ののち安心したように愛妻知佐子夫人に手を取られ、10数人の映画や舞台の親しい仲間達に見守られて天国へ旅立たれた。
胃ガンが発見されたのが昨年4月の終わり頃であった。5月25日にお茶の水の順天堂大学病院に入院、ガンは既にあちこちに転移していたため、胃、脾臓、膵臓、S字結腸を切除するという大きな手術となった。7月末にお見舞いに伺った時、思ったよりお元気で、病室に持ち込んだワープロで仕事をしておられた。07年7月に新国で行われる二期会公演『魔笛』演出プランの話、又元気になったら“鎌倉山のローストビーフ”を目当てに拙宅にお招きする話などで盛り上がり、お疲れも省みず40分もお邪魔した。しかし体力回復には時間がかかり、退院されたのは8月6日であった。暑い夏を乗り切られると9月には驚くことに映画「シルバー仮面」の撮影に復帰された。仕事場での生き生きしたご様子は想像に難くない。
再度体の不調を訴え入院されたのが11月25日、そして5日後の29日に帰らぬ人となった。この5日間、奥様の原知佐子さんは関西方面に芝居の公演が続き、毎日トンボ帰りで看病につとめておられた。30日は芝居の楽日に当り、早朝又関西へ。女優、舞台人という職業とはいえ、精神的にも肉体的にもどれだけ大変な毎日だったか、奥様のご心中を思うと胸がつまる。
しかし「カントク」「カントク」とスタッフ、キャストの誰からも慕われ親しまれた実相寺さんは本当にお幸せだったのではないだろうか。
私はお会いするたびに交わした冗談のやり取りや、いたずらっぽさを秘めたあたたかい眼ざしを忘れない。創られた沢山の映画、オペラの舞台はいつまでも人々の心に深くあたたかいカントクの人柄を伝え続けていくことだろう。今年7月末の二期会公演『魔笛』はカントクへの熱い万感の思いのこもった素晴らしい公演にしたいと願っている。
カントク、安らかにお休み下さい。


三林輝夫(さんばやし・てるお)
二期会テノール会員。07年7月『魔笛』公演監督。
財団法人東京二期会理事。桐朋学園大学音楽学部特任教授。東京芸術大学名誉教授。

 

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