TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

『仮面舞踏会』を楽しむ
「仮面」國松真知子


ヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』は、国王暗殺というドラマティックな場面で終わっています。付けることによって暗殺を可能にしたこの「仮面」という小道具に話を広げてみましょう。古くは各地の祭事に悪霊を払うために、また、カーニヴァルで仮装に使ったというものから、十七世紀初め、宮廷で広まったオペラでは、女役を男性が演じていたため必要な小道具として使用されていました。芝居でもイタリアの「コメディア・デラルテ」(即興仮面劇)のように役やキャラクターによって仮面が決められている使い方も生まれます。また、「仮面」といっても、色や形は様々で、風俗として女性の日焼けやほこりの防止に使用したり、顔の上部だけを覆うマスクを付け、素材としてはレースや絹といった透けるものもあり、おしゃれとしても流行っていました。そしてそれは、イタリアの売春婦たちから広まり、上流階級の貴婦人たちにも身分を隠して逢引をするために愛用されました。今でもヴェネツィアの町を散策する時、迷路のような路地を、マントと帽子に仮面を付け、夜な夜な徘徊する男女の恋物語を、時代を超えて想像することができます。
 仮面の流行と共に、カツラや付けぼくろ、扇・手袋・ハンカチなども広まっていきます。それぞれの道具をうまく使いこなすことによって、想いの信号を送り、男女の駆け引きに役立たせていました。
 十八・九世紀、主にフランスやイタリアでの仮面舞踏会では、決して仮面をはずしてはいけないという規則まで作られ、人物紹介は無用であったということからも、様々に仮装した人々、王族であるのか、貴族であるのか、俗人であるのか、敵か味方か……、男女乱れて朝まで踊りや賭け事に興じ、一夜の恋人を見つけたりと大いに楽しむ場でした。あのマリー・アントワネットも仮装してヴェルサイユ宮殿を抜け出し、パリの仮装パーティーに通っていたとか。また、ロウソクの灯りの下で、眩く輝いた衣装と、怪しげな謎のある仮面に惑わされ結婚、後々、後悔した人がいたとか、いないとか!? 反して、政権を狙ったり仇討ちなど、陰謀をたくらむ者には容易にして相手に近づき、想いを果たすことができたわけです。
     
仮面を「面」や「マスク」に言い換えてみますと、能の面は明かりの明暗によってその表情を巧みに変え、劇的効果はすばらしいものがあります。剣道の面、フェンシングやプロレスのマスク、はたまた死者のデスマスク、身を守るためには酸素マスク・水中マスク・防毒マスク、化けるためにはメーキャップ・女性(男性も?)の化粧・五分間のパック・整形手術は永久マスク(?)・化けの皮や猫かぶり……等々、現代人にも「仮面」は色々な場面で必須の小道具のようです。形のある仮面、ない仮面。美しき誤解やウソも含めて、うまく使い分けたいところです。誰にも変身願望はあると思いますが、気になる「仮面」としましては、特に若者に流行っているパソコンでのブログ。どこのだれに話しているかなどとはお構いなしで、自分が誰なのかも名乗らずに、言いたい放題の書き込みができるというもの。「仮面」は、自分以外の者に変身するか、自分を隠し守るという役割で用いられてきた歴史の中、今は、日常が仮面生活になり本当の自分を出せるところが益々少なくなってきている気がします。ブログという得体の知れない「仮面媒体」の中にのみ、素の自分を描き出すことができるということは、悲しくもあり恐ろしくもあります。思えばこうした若者のみならず、私自身も含め、日常生活で「自然であること」や「真実」を見つけ出すことがむずかしい今、虚構の世界であるはずの舞台作品にこそ「真実」を感じ取り探し求め、それを表現していく作業をこれからもしていきたいと思っております。時に「仮面」を使い分けながら……。
國松真知子(くにまつ まちこ)
東京芸術大学声楽科を卒業後、ミラノ・ヴェルディ音楽院に声楽留学。帰国後、大学院にて演出を履修。文化庁の在外研修員としてローマ歌劇場にて研鑽を積む。神奈川県を中心に、各地方にてコンサートやオペラ公演の演出を手懸ける。『エトワール』『スィブレット』の本邦初演、芸大・二期会合同公演『コシ・ファン・トゥッテ』、芸大古楽科と毎日新聞共催でバロック音楽を軸としたシリーズの舞台等演出。東京芸大講師・二期会オペラ研修所講師。