東京二期会オペラ劇場 『ダナエの愛』 ©三枝近志
オペラに宿る特別な力を改めて思い知らされるのは、例えば演奏時間が5時間を超えるような壮大なオペラにおいて、観客のとてつもないエネルギーに出くわす瞬間だったりする。
オペラ劇場では優雅に着飾ったマチュア世代の男女ほど、開演から終演まで背筋をぴんと伸ばしたまま、舞台に集中している。一つの音も聴き逃すまいと言う、気迫さえ感じられる向き合い方に、驚愕することもしばしば。言うまでもなく、オペラ歌手たちの強靭さは、想像を絶するものがある。主役たちはほぼ出ずっぱり、横たわったままフォルテシモも歌う、膨大かつ難解な楽譜も当然の暗譜でよどみなく。それだけでも彼らの能力は人智を超えているが、そういう別次元の力が力を呼ぶのだろうか。劇場そのものが霊的とも言える気配に包まれ、オペラを愛する人まで、神がかる。音楽は神への捧げ物、そう考えれば何の不思議もないが、最近はその理由が、むしろ科学的に証明されつつあるのだ。
歌唱や演奏でアドレナリンが分泌され、本来の能力以上のパワーが溢れ出るのはよく知られるが、本来これは人類が命の危険を守るための闘争ホルモン、生命エネルギーも高めるから、音楽家は長寿なのだろう。また音楽による感動がもたらす快楽ホルモン、ドーパミンやオキシトシンが若さに繋り、開演を待つワクワク感や高揚感、好奇心が肌の弾力を高める事実が解明されるなど、最新の研究が脳と心身の良循環について驚くべき結果を次々に明らかにしている。音楽が若さと美をもたらす効果は計り知れないのだ。
これは精神論ではない。医学的にもオペラは人を生き生き煌めかせ新鮮な生命力を与える大きなエイジングケアを持っていたのだ。きっと誰もが感じていた「オペラを愛する人は、若く美しい」「オペラファンは歳をとらない」、それが科学的に証明された今、来たる人生100年時代、オペラはますます人生に欠かせないエッセンスとなるはずだ。
背筋をぴんと伸ばしたままワーグナーを堪能する90代を目指すこと、それは地球の新しいテーマになりそうである。