TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

齋藤薫 美女になるオペラ
Vol.6

オペラ史上最も興味深い女は誰か?
女にとって最強の「魔性」を誰に学ぶのか?

METライブビューイング アンコール上映
東劇にて上映中〜10/3(木)まで開催
©Ken Howard/Metropolitan Opera

  有名オペラのヒロインの中で、最も興味深い女は誰か? 命がけで人を愛する直向きな女だらけの中、オペラ界きっての不埒な妖婦、カルメンをあげる人は少なくないはずだ。これほど見事に魔性を描ききった作品は映画も含め見当たらない。物語による誇張もオペラ的な予定調和もない。現代人の目から見ても違和感のない魔性は、どこかに実在しそう。だから世の女性は皆一度こう考える。あんなふうに、すべての男を魅了し虜にする秘密とはどこにあるのかと。
 魔性の女は、悪女とは違う。もしカルメンが希代の悪女なら殺されてはいない。自分になびかぬ生真面目な男ホセに惹かれ、やがて卑屈になった男が疎ましくなるのは、恋愛の機微のうち。闘牛士との恋も永遠とは思っていないが、刹那的と言うより愛の本質を追いかけるかにも見えるカルメンの骨太な生き方は、物語を薄っぺらくしない。しかも最後に刺される覚悟がまるで受け身の自殺にさえ見える、奔放なのに儚げでもある女……
 ビゼーが描くカルメンにはモデルがいたと言われる。それは、高級娼婦にして、女優で歌手で小説家でもあったという多面的かつ多才な女性。その複雑さにこそ宿る魅力が、カルメンを単なる気まぐれなヴァンプに終わらせないのだ。
 周知のように初演は「野蛮」と酷評されるが、チャイコフスキーはこの作品が後に世界を征服すると予言。3カ月後に急逝してしまうビゼーの葬儀の時には、既に絶賛に変わっていたとされる。すべての人物に感情移入ができる曲想、何一つ破綻のない物語の作りの中で、プリマドンナが最強の魅惑としての凄艶をいかに表現するか、その比較こそオペラ観劇の醍醐味とも言える。魔性の何たるか、人を魅了する力の何たるかを知る上でこれほど完全で重要なサンプルはない。皮肉にも世にも美しいアリアで、ホセの許婚ミカエラは「カルメンは危険で美しい。でも恐れてはいけない、神よ、勇気をください」と歌う。同じ女にとって恐怖と憧れを同時にもたらし抗えなくするのが魔性。できるなら私たちも、自ら少しだけ身につけたい。

齋藤薫(さいとう かおる)

女性誌において多数の連載エッセイを持ち、読者層から絶大な支持を誇るカリスマ美容ジャーナリスト、エッセイスト。
『大人の女よ!もっと攻めなさい』(集英社インターナショナル)、『されど男は愛おしい』『あなたには“躾”があるか?』(講談社)、『一生美人学』(朝日新聞出版)、など著書多数。実は、大のオペラ・クラシック音楽ファンでもある。